「でも私わがままやけん束縛するかもよ?」という元カノの言葉が忘れられない




30も半ばともなれば、誰にでも忘れられない恋の一つくらいはあるもので、あれから14年経った今でも僕は願っている。

 

決まって思い出すのは、誰からも愛される天然の笑顔と、仕事に疲れきった僕を送り迎えしてくれる助手席からの横顔で

無理に記憶の引き出しを開ければ、いくらでも思い出せることはあるが、やっぱり飾らない、普段の彼女の姿が忘れられない。

 

あれは忘れもしない2003年3月。

場所は福岡の太宰府での宿泊施設。

 

お互いに同じ年齢で、それぞれ別の高校を卒業したばかりの僕らは、偶然とある職場の研修で出逢った。

彼女はアルバイトとしての入社で、僕は1か月ほど先に入社しており、現場責任者という立場だった。

 

お世辞にも彼女は仕事ができる人間とは言えないが、生まれつきの性格なのか、どんな人でも笑顔にしてしまう何かを持っていた。

一方の僕はというと、それまでまともな恋愛をしたことはなかったが、彼女の裏表のない振る舞いに少しずつ惹かれていた。

 

研修最終日。

帰り支度を済ませバスに乗り込む社員達の列に遅れてしまい、僕らは偶然とある荷物部屋で、二人きりになってしまった。

 

「あの・・・番号教えてくれませんか?」

「え?はい・・・その代わり交換ですよ?」

 

それが彼女とのはじまりだった。

きっかけ

「このまま離れると絶対に後悔する」と感じ、何とか聞き出した彼女の携帯番号。

交換できたのはいいものの、恋愛に奥手な僕は彼女に何を話せばいいのかが分からなかった。

 

とりとめのない挨拶や、仕事の話をしていたと記憶しているが、大した進展もなく3週間ほど経っていた。

 

きっかけは職場の飲み会だった。

白髪に白髭のイカしたおじさんがビールを注いでくれる、地元で割と名の知れた幸陽丸という居酒屋での話。

未成年だったこともあり、部屋の隅に寄せらて並んで座っていた僕らを見て、同期の社員が「二人ともお似合いやね」と言ってきた。

 

今思えばひと目見た時から彼女に恋をしていたことは間違いないが、その時は付き合いたいという思いは不明確だったように思う。

 

宴もたけなわ。

カラオケに向かう他の社員達と解散し、偶然の流れで僕は彼女の車に揺られて帰宅することになった。

 

二人きりの時間。

「お似合い」という言葉を真に受けたせいか、彼女の車に揺られ、お互い無言のまま不思議な空気が流れていた。

何を考えていたのかはもう忘れてしまったが、車中で流れていたhyの「旅立ち」という曲を、二人で口ずさんだことを覚えている。

 

深く輝く月の下

今日も本当にいい日でした

 

でも私わがままやけん束縛するかもよ?

新しい職場はオープンを控えた新店舗で、その準備に追われていた僕ら社員はストレスを抱えていた。

もちろん僕も朝8時から出社し、日付が変わる夜中まで働く日々が続き、病院に運ばれることもあった。

 

間を置かず二度目の飲み会。

場所は同じく幸陽丸。

 

誰から言われるでもなく、彼女が僕の腕を引っ張り、自分の隣に座るように目で合図を送ってくれた。

彼女がどんな思いだったのかは分からないが、おそらく僕の体を察してくれたための行動だったのだろう。

 

バカ騒ぎに呆れながら僕は意識を失った。

なぜそんなことになったのか、詳しくは覚えていないが、宴会が終わるころ僕は彼女の膝枕の上で目を覚ましていた。

 

あの時

僕を気遣うように

顔を覗き込むように

小さな目を丸くしながら、ふと起き上がる僕を見て涙ぐんでいた彼女の表情が、今でも本当に忘れられない。

 

それから帰宅し、僕は携帯を手にしていた。

 

「どう伝えればいいのか分からない」

「告白したことなんてなかったから」

 

いや言い訳だ。

彼女が好きだと気づいていたのにも関わらず、彼女の声を聞きながら自分の思いを打ち明けることが怖かった。

 

「勘違いかもしれない」

「別の理由で泣いていたのかもしれない」

 

そんな思いの中で

僕の人生初めての女性への告白は、メールでのメッセージで「好きやけん付き合ってほしい」というものだった。

今思えば、女性への告白をメールで済ますなんて、男として考えられないが、とにかく怖くて仕方ながかった。

 

当時はガラケーだ。

LINEのような既読機能は無い。

 

あの待ち時間は、おそらく今後の人生で二度と感じることのない、無数の思いが交錯し続けた時間だったように思う。

 

電話が鳴った。

うん。

でも私わがままやけん束縛するかもよ?

 

あれから15年という月日が経ったが、彼女がくれたこの返信内容は、今でも一語も違わずにハッキリと覚えている。

 

同棲生活

2003年4月。

僕の思いを受け入れてくれた彼女は、一緒に住むことを提案してくれ、僕を自分の部屋へ招き入れてくれた。

 

5階建ての新築マンション。

空港からほど近い立地条件。

 

彼女は正に箱入り娘だった。

 

高校を卒業したばかりとは言え、オートロック付きのマンションに、新車のシルバーセリカを所有する恵まれた女の子。

小さな机にところ狭しと並べられている教科書に製図版、彼女はデザイナーを目指し建築学校に通う専門学生だった。

 

僕は彼女が羨ましかった。

なぜ羨ましかったのか?

 

それは僕の尊敬する祖父も建築士で、祖父からは「一級建築士になって世の中に貢献しろ」と口癖にのように言われ、育てられたからだ。

もちろん僕もその夢を掲げて勉強していたが、その夢は叔父との死別や金銭的な理由などから叶うことはなかった。

そんな自分の境遇を思えば、彼女の部屋に広がる建築士を目指す環境は、僕が憧れる環境そのものたった。

 

小さなワンルームに二人きり。

彼女との同棲生活のはじまり。

 

当時は当然のように思っていたが、高校を卒業したばかりの男女が同棲するというのは、少し危険が匂いが漂う気もする。

 

とは言え僕らは真剣だった。

 

僕は日々の仕事を

彼女は自分の夢を

お互いが成すべきことと、お互いの同棲生活をより良いものにするために、毎日を必死で生きていた。

 

ある夜のこと

時刻はAM2:00

仕事を終え帰宅しようと携帯を開くと「駐車場で待っとるけんね」と彼女からメールが届いていた。

駐車場に向かうと、運転席で携帯を片手に寝息をたてながら、僕を待ってくれていた彼女の姿がそこにあった。

 

同じ職場でバイトもしている、僕の食事や着替えも毎日準備してくれている、朝から学校だし毎日の勉強だってある。

僕よりも大変なのに、僕を心配しパジャマ姿で車中で待ってくれていた彼女のひたむきさに、ただ申し訳なさでいっぱいだった。

 

「ありがとう」

「ううん?いつもお疲れさま」

 

今でもこの時のことは鮮明に覚えている。

ふと目を覚ますと、僕はサイドブレーキに手を掛けた彼女の手の上で眠ってしまい、その手は僕のよだれで汚れていた。

 

なんとダサい彼氏だろう。

「ごめんベタベタやん」なんて言葉を寝ぼけながら掛けていたと思うが、笑顔で青信号を待つ彼女の横顔がそこにはあった。

 

僕の口元を拭き思いきり笑う彼女。

 

この瞬間だったと思う。

彼女の夢は僕の夢にもなった。

 

「俺は建築士になれていないけど〇〇は絶対になろうね。俺も応援するしさ!お互い落ち着いたらその時は・・・」

 

「その時は??」

「うん・・・その時が来たら言うよ」

 

両親の妨げ

彼女との暮らしは楽しかった。

偽りなく最高の日々だった。

 

お互いに忙しく、とても10代の男女とは思えないような生活リズムだったが、些細なことで笑い合えるだけで幸せだった。

 

二人で並んで食べるご飯

車中で歌うTRFやhyにケツメイシ

僕のギターと夢の詰まった製図版

 

どこにでもあるような生活と恋だったが

貯金通帳に溜まっていくディズニーランド旅行費用を二人で眺めては、一緒に朝を迎えられるだけで幸せだった。

 

しかし落とし穴はどこにあるか分からない。

とある昼に僕の携帯の呼び鈴が鳴った。

 

連絡先は母だった。

 

胸騒ぎがした。

僕はコンプレックスを抱えていた。

それは自分の境遇に対するコンプレックスだ。

 

ボロボロの借家に、働かない父と毎晩どこかに出かける母。

とても育ちの良い彼女には見せられない環境と境遇だった。

 

痩せた体に貧相な服を着ていた僕。

あまりに細くて死にかけたこともある。

 

もちろん、そんな生い立ちがたまらなく嫌で、家出同然で彼女の部屋に転がり込んだのは言うまでもないが

とにかく僕が捨てたものを彼女に見せるということは、僕にとって彼女との終わりを意味するように思えてならなかった。

 

電話を取る僕に母は言った。

「彼女ができたなら連絡くらいしなさい」

 

思わず携帯を叩きつけたことを覚えている。

怒りや悲しみ、または憎しみがあったからか?

 

どんな感情だったかはもう覚えてはいないが、とにかくこんな人間に「彼女との幸せな日々を邪魔されてたまるか」という思いがあった。

 

「ごめん母が〇〇に逢いたいって・・・」

「え?なんで謝るの?逢おうよ!いこ!」

 

彼女はどこまでも天然だ。

彼女の笑顔の前では僕は常に無力だった。

 

車を走らせること20分。

停車する僕らの前に母が現れた。

 

笑顔の母を見て僕は胸がざわついた。

「頼むから何も起こるな。お願いだから何事もなくこの時間が終わってくれ」と願うばかりだった。

 

しばらくの談笑のあと母が言った。

「〇〇ちゃん?何かあった時の為に〇〇ちゃんの連絡先を聞いといてもいい?私の大事な息子だから」

 

運転席から番号を渡そうとする彼女。

僕は必死でそれを静止しようとした。

 

しかし彼女は聞かない。

「いいやん!ユウジのお母さんだよ?私だって仲良くしたい!」

 

僕はとことんダメな男だ。

いつも天真爛漫な彼女だが、いつになく語気を強める表情になぜか見とれてしまい、僕は彼女の手をほどいてしまった。

 

今さら悔いても仕方ないが

あの時もっと必死に静止していれば、あの手を離さなければ、僕の人生は違ったものになっていたかもしれないと思うことがある。

 

彼女は喜んでいたが僕は不安だった。

来るべくして来た、地獄の日々のはじまり。

 

「私の子供を盗んで何様だ?」

「あんたじゃ不釣り合い」

「息子を返せ」

 

彼女の携帯に母からそんなメールが届くようになり、時には毎晩のように彼女の電話が鳴ることもあった。

着信拒否を設定するも、別の携帯を準備していたのか、そんな状況が1ヶ月くらい延々と続いていた。

 

次第に悪化する彼女の体調。

一緒に働いていた職場も退職した。

 

それから彼女はコンビニでバイトを始めたが、うまくコミュニケーションが取れず泣きながら帰ってきたこともある。

記憶は不確かだが、あまりに酷く道に外れた母からの連絡に耐えられず、彼女は精神科に通うようになっていた。

 

嘘のように思えるかもしれないが事実だ。

 

母は裏表のある人で、5分後には言ってることが変わり、僕の財布からお金を抜き取り、常に暴力が絶えないような人だった。

母との思い出を問われるとすれば、頭から血が出るまで殴られたこと、僕にお金を求めてきていた姿しか思い出せない。

 

それからある晩。

僕は彼女の携帯を盗み見した。

他人の携帯を見るのはダメだという風潮は当時もあったが、背に腹は代えられない思いと目的があった。

 

彼女の携帯から母の痕跡の一切を削除した。

 

あれから母とは逢っていない。

どこで何をしているのかも知らない。

それどころか生死すらも知らない。

 

薄情だと思われるかもしれないが僕と母の関係はそんなものだ。

正直なところ血の繋がりも感じなければ、母親だからという特別な意識や感情も全くない。

 

歳を経た今、自分の顔を鏡で見ると母に似てきたかもしれないと思うこともあるが、それ以上母に思うことは何もない。

 

恐らく死ぬまで逢うことはないだろう。

 

お互いの劣等感

2003年5月。

母から彼女を遠ざけること約ひと月。

 

ようやく彼女の笑顔が少しずつ戻ってきた。

 

またいつものように笑顔を振りまく彼女が帰ってきたが、僕は彼女に対して劣等感や引け目を感じるようになっていた。

自分の抱えていた痛みを見られたこと、情けない部分を見せてしまったこと、何よりも彼女を苦しめてしまったこと。

 

彼女はそんな些細なことを気にする性格ではなかったが、好きな人の前ではカッコ良くいたいと思っていた僕は、裸にされたような感覚と頭が上がらない思いでいっぱいだった。

 

建築士を目指す彼女。

自慢できない仕事をしている僕。

 

もちろん僕も彼女に負けじと、手を抜くことなく必死に働いたが、その劣等感は日を追うごとに大きくなっていった。

僕を支えていたのは、彼女をディズニーランドに連れていきたいという小さな目標と、彼女と釣り合う男になりたいという思いだけだった。

 

月が変わること2003年の梅雨。

ある日、彼女の実家に招かれたことがあった。

 

のどかで大きな川が流れる田舎町。

彼女の家は3階建ての大きな中古車屋だった。

専門学生なのに車持ちなのも納得だ。

 

彼女は知らないが、食事の際に

彼女の家族に「いつも幸せってメールを送ってくるんよ?〇〇を頼むね?将来の旦那さん」と言葉をかけて頂いたことがあった。

 

まんざらでなかった僕も

「任せてください。実家からは離れていますが〇〇は僕が守ります」と返答し楽しい夜を過ごさせてもらったことを覚えている。

 

そして食後のこと。

「私が高校卒業するまで過ごしよった部屋があるけん見てみらん?」と誘われ、2階の彼女の部屋へ一人で向かった。

 

箱入り娘の部屋はとても広く、ただ驚くばかりだったが、思わぬ形で僕は彼女の劣等感に触れることになる。

 

赤い絨毯に明かりの点かない部屋。

部屋に響き渡る雨音に、どうしたものかともの思いにふけっていると、下の階で談笑していた彼女が急に大きな声を上げた。

 

見ないで!」

 

階段を駆け上がる聞き慣れた足跡。

泣きながら彼女は僕のもとにやってきた。

 

今一つ状況が飲み込めない僕に対して、彼女はうなだれながら僕の胸を掴み「絶対見ないで」という言葉をくり返していた。

 

彼女の涙の理由はすぐに分かった。

ふと辺りを見回すと、床にはたくさんの写真が散らばっており、彼女はそれを僕にどうしても見せたくなかったらしい。

 

「お願い見らんで!私が私じゃなくなる!」

「いや〇〇は〇〇やん?どうしたと?」

 

「私が私じゃなくなる」

その言葉が意味していたものは、僕が彼女に持っていた見た目や印象のことで、自分の本当の姿を見られることが怖かったらしい。

 

そう・・・彼女は整形をしていた。

彼女は自分の容姿に、相当なコンプレックスや引け目を持っていたことを明かしてくれた。

 

「好きだよ?〇〇の顔」

「ユウジみたいに目おっきくなりたいもん」

 

「俺がイイっていいよるけんイイやん」

「身長だって小さいけん」

 

「小さいのカワイイやん。俺好きばい」

「・・・おっきいユウジにはわからんもん」

 

人の劣等感というものは難しい。

 

僕からすれば彼女は理想のタイプで自慢の彼女だったし、彼女を連れて歩けることが誇らしかったが

「釣り合っていないと」感じていたのは僕だけではなく、彼女も同じ思いを抱えていたことをこの日知った。

 

彼女の頭を撫でる僕。

鼻水を垂らす彼女。

 

彼女から劣等感の言葉が消えるころ

まるで見計らったかのように雨はやみ、僕らはこの日、どんなことがあっても同じ歩幅で歩くことを車の中で誓い合った。

 

成長

お互いの劣等感を認識し合った僕らは、よく「無限の彼方へさあ行くぞ」と声をかけ合い、日々を乗り越えていた。

 

彼女が製図板に向かう時

僕が仕事で悩んだいた時

二人で手を繋いで歩く時

 

どんな時でも「無限の彼方へさあ行くぞ」

トイストーリー、バズライトイヤーの名言だ。

 

バカなやりとりだとは思っていたが、お互いに大変な毎日を送っていたこともあり、この言葉に僕らは、いつも救われていたように思う。

 

もともと僕らはポジティブな性格だ。

多少それぞれのコンプレックスが相手に知られたところで、落ち込んだり塞ぎこむような性格ではなかった。

 

人を好きになるということは素晴らしい。

それはお互いが成長できるからだ。

 

彼女は「ユウジが自慢できる彼女になる!」と言いながら、勉強だけでなく、オシャレや自分磨きを頑張っていたし

僕も「自慢の彼氏になりたい!」と思いながら仕事に明け暮れ、あの時彼女に言えなかった夢のために必死で働いていた。

 

彼女が可愛くなるための努力は僕に向けられたもので、僕がいい男になるための努力は彼女に向けられたもので

お互い19歳という若さながら、僕らが歩んだ道のりは、恋人という枠を越えた何かがあったようにも思う。

 

「無限の彼方へ~?」

「さあ行くぞ~!」

 

この先どんな試練が待っていたとしても「二人なら無限に乗り越えていける」僕らはそう信じて疑わなかった。

 

思い出

一体どれほどの思い出があるのか。

彼女との日々は色褪せることがない。

 

2003年8月。

僕らは温泉旅行に行くことにした。

 

九州は大分県の湯布院。

彼女が夏休みだったこと、そして僕の転勤などもあり、二人にとってはちょっとした慰安旅行みたいなものだった。

 

意気揚々と出発!

と思っていた矢先に急報が入る。

 

連絡先は母だった。

 

あの一件から母とは全く連絡を取っていなかったが、父が倒れたという知らせを受け、僕らは温泉に向かうその足で病院へと向かった。

 

あの母のことだ。

どうせまた難癖をつけ、僕らのことを邪魔するつもりに違いないと思っていたが、本当に父は病院で眠っていた。

 

夕日の眩しいた日だったと記憶している。

僕と彼女が父の部屋に入ると、父は目を覚まし彼女を呼び寄せ、二人きりで話がしたいと言い彼女を連れ外に出ていった。

 

待つこと10分。

父と彼女が戻ってきた。

 

笑顔を浮かべる彼女と厳しい表情の父。

 

父は僕の胸をポンッと叩き「俺はダメやったけどお前は絶対にあの子を泣かしたらいかん」と釘を刺された。

「あんたに言われるまでもない」と内心思っていたが、なぜかこの言葉は僕にとって胸に来るものがあった。

 

いったい何を話したのか?

それは今も彼女だけが知ることだが、僕の性格を知る父と話したからか、それから彼女は僕をなぜか年下のように扱うようになった。

 

彼女との思い出は他にもある。

そういえば二人で死にかけたこともある。

 

僕の職場から帰宅する時の話。

場所は福岡市内の旧3号線。

助手席に僕を乗せた彼女は、対向車線からくる軽自動車と衝突し、僕らは衝突地点から100メートルくらい吹き飛ばされてしまった。

 

車は大破。

衝突したのは助手席の後部だったため、何とか押しつぶされずに済んだが、僕は頭から流血し彼女もアザを作っていた。

後の現場検証では、現場には激しいタイヤ痕が残っており車は廃車、我ながらよく生きていたと感心する。

 

僕にはあの瞬間の記憶がない。

それは恐らく彼女も同じだろう。

救急車に運ばれる夜空の下で、生きていられたことに感謝し、泣きながら二人で手を取り合い眠ったことを覚えている。

 

そして迎えた彼女との最大のイベント。

東京ディズニーランド。

 

東京への便は早朝7時。

5時半の起床予定のため早めに眠ったが、ふと目覚めると明かりが点いており、なぜか彼女が絶望していた。

 

「どうしたと?」

「ないっちゃん!」

 

「何が?」

「デジカメがないと!」

 

「写ルンですあるけんいいやん」

「デジカメがいると!」

 

「現像すればいいやん。写ルンです」

「デジカメじゃないとダメと!」

 

「写ルンですじゃだめなの?」

「絶対ダメ!」

 

急に携帯を手に取る彼女。

「ちょっと〇〇!?今すぐ起きて!今から実家のデジカメをこっちまで持ってきて!いいけん持ってきて!」

 

時刻は夜明け前3時。

連絡先は彼女の1つ年下の妹だった。

 

寝ぼける妹に無茶を言う彼女。

くり返すが、時刻は夜中の3時だ。

 

「〇〇?妹も寝とるやん」

「うるさい!ユウジは黙ってて!」

 

「時間考えな妹だって・・・」

「私には今日しかないと!!せっかくユウジが頑張ってお金貯めてくれたのに思い出残さんと絶対に後悔するやん!」

 

やっぱり僕は彼女の前では無力だ。

またも彼女の言葉に何も返せなかった。

 

この旅行での思い出は他にもたくさんあるが、僕にとってはこのデジカメの一件が最も印象に残っている気がする。

 

涙を浮かべて「私には今日しかない」と言葉を口にする彼女。

いったいどれだけ僕のことを大切に思ってくれていたのだろう。

 

2004年2月。

まだ日の昇らない暗闇と乾いた空気の中、僕はデジカメを握る彼女の手をそっと引き、二人で近くの福岡空港へと向かった。

 

僕はバカな男だ。

どこまでも二人で歩いていけると思っていた。

 

すれ違い

2004年4月。

出逢いから1年が経っていた。

 

僕らの生活は相変わらずで、彼女は学校の勉強とは別に宅建の資格を取るために、忙しい日々を送っていた。

一方の僕はと言うと、新しい職場へ転職が決まり、慣れない環境の中で仕事に追われる毎日が続いていた。

 

いつも通りの毎日。

穏やかな日々が続いていた。

 

変わったことを挙げるとすれば

もともと二人で住んでいた家よりも広い家に引っ越しをしたことと、僕の職場が遠かったため寮を借りたことだった。

 

特にそれ以外は何の変化もなかった。

しかし歯車は狂い始めていたのかもしれない。

 

もともと僕の仕事は不規則で、体力仕事だったこともあり、なかなか彼女の待つ家に帰れないことが多くなっていた。

 

でもそれでいいと思っていた。

それが正しいと確信していた。

 

新しい彼女との住まいは2LDK。

博多や天神といった福岡市の中心地からは少し離れた、ちょうどそれぞれの区の中間地点に当たるような場所にあった。

多少の車通りはあったが、それまで僕とワンルームで暮らしていた彼女からすれば、その部屋は広く感じたに違いない。

 

いつからか彼女との時間は極端に減っていた。

そして僕らは上手く笑えなくなっていた。

 

だけどそれが正しいと思っていた。

その理由は僕の価値観と夢に他ならない。

 

言い訳する気はないが

先述した家庭環境からか、僕は彼女には生活や金銭面で、心配をかけることだけは避けたいと常に考えていた。

 

大して自慢できる仕事でもない。

だからせめて懸命に働くことで、彼女の願いに応えられるだけの経済力と将来を手にしたくて仕方がなかった。

 

「もうすぐ彼女は建築士になる」

「〇〇が落ち着くころには俺も建築学校に」

 

あの日、彼女に伝えられなかった思い。

そんな思いが僕の全てを支配していた。

 

優しすぎる僕

2004年6月。

新しい職場での仕事に慣れるころ、それと比例するように彼女との距離は遠のき、僕らは二度目の夏を迎えようとしていた。

20回目の誕生日に際して、まともに成人式に参加できなかった僕を気遣い、手作りケーキで祝ってくれたことを覚えている。

 

彼女とは週2~3日のペース逢っていた。

今更だが、本当は毎日一緒に居たかった。

 

だけど僕にはそれができなかった。

 

既出だが、僕の仕事は朝8時から18時までの早番と、17時から夜中2時までの遅番という2交代のシフト制で

日によっては、遅番の翌日に早番というシフトが組まれるケースもあり、4時間しか眠れないことも多々あった。

 

職場の寮から彼女の家までは1時間。

時間や交通手段も限られ、自身の睡眠時間なども考慮すると、簡単には彼女の待つ自宅に帰ることが難しい環境だった。

 

体力勝負の激務。

立ったまま眠ってしまうことはザラで、次第に体にも影響が出始める中で、182㎝の身長に対して僕の体重は50㎏を割っていた。

 

だけど不満はなかった。

僕の夢と彼女の夢はどこかで交わり、きっと今までよりも二人で笑いあえる日々が必ずやってくると信じていたから。

 

とは言え、彼女と会えない夜は寂しかった。

カーテンやテレビのない部屋に一人きり。

彼女に内緒で貯めていた建築学校の費用の数字と、ディズニーランドで撮影したツーショット写真が僕を支えていた。

 

しかし、その時はそこまで来ていた。

 

一字一句覚えている。

忘れるわけがない。

 

遅番の前に彼女にメールを送ってみた。

「最近逢えてなくてごめんね。今日は帰るから待っててね?離れてても〇〇のことを誰よりも大切だと思っているから。」

 

時刻は15時、僕の携帯が鳴った。

「うん・・・でも私はこのままじゃいけないと思う。お互い少し距離を置いたほうがいいと思う。」

 

血が逆流していたと思う。

頭は真っ白になっていた。

それから会社に出社したことは覚えているが、僕にはあの日どう仕事をして、どうやって帰宅したかが全く記憶にない。

 

気づけば僕は彼女との住まいの下にいた。

暗闇の中で外灯に照らさられる彼女の姿。

日付は変わり、時刻は2:00を越えていた。

 

「ごめん・・・疲れとるよね」

「ううん?どうしたと?」

 

「ごめんねユウジ」

「・・・何かあったと?」

 

黙って首を振る彼女。

 

「何もない・・・ごめん」

「あ・・・距離を置く話よね」

 

「うん・・・ごめんなさい」

「謝らんでよ」

 

「だって私わがままやけん」

「俺はわがままな〇〇が好き」

 

「何でユウジは怒らんの?」

「だって怒る理由がないやん」

 

僕を睨みつける彼女。

 

「何でそんなに優しいとよ!」

「ごめん・・・分かんない」

 

「怒ってよ!怒ればいいやん!」

「〇〇を怒るとかできんもん・・・」

 

泣き出す彼女。

 

「何でよ!私サイテーやん」

「そんなこと言う〇〇好かん」

 

「バカやん。何で怒ってくれんの?」

「笑った顔が好きやもん・・・」

 

「何でよ?ユウジは優し過ぎるよ」

 

悪いのは私

彼女と過ごした1年と4か月。

確かに僕らは、まともにケンカをしたことも無ければ、怒鳴りあったり口論になったことは、ただの一度も無かった。

優しいと言われれば確かにそうなのかもしれないが、僕はそもそも彼女に対しての不満が何も無かった。

 

怒る理由なんてあるはずがない。

 

むしろ、あの時は別れ話をしているのにも関わらず、久しぶりに彼女と逢えたことが嬉しかったくらいだ。

 

「ごめん。やっぱり怒りきらん」

「そんなんユウジいつか傷つくよ?」

 

「傷ついても一緒に居られるならいい」

「それじゃダメになるとって」

 

「距離を置くって何なん?」

「ユウジのことは好きだけど・・・」

 

「うん」

「これ以上傷つけたくない。ごめんユウジ」

 

「いや俺が悪いんよ。ごめん」

「私やけん。全部私が悪いとって!」

 

今でも後悔することがある。

彼女が「悪いのは私」と口にしたこの瞬間に、なぜ彼女を抱きしめてあげられなかったのか?

 

あの時は全く分からなかったが、大人になった今なら分かる。

それは自分のことしか考えていなかったからに違いない。

 

彼女と別れたくない。

ずっと一緒に居たい。

誰にも渡したくない。

 

そんな自分に都合の良いことばかりを考え

彼女の気持ちに寄り添うこともせずに、自分の幸せしか考えていなかったから、抱きしめられなかったのだ。

 

もしあの時の状況を

また過去に戻って見ることができたなら、泣きながら夜道を歩いていた自分を、死ぬほど殴ってやりたいとさえ思う。

 

「〇〇?いつも1人にさせてごめんね」

「ううん。私が悪いと」

 

「ううん。俺も悪かったけん」

「ユウジじゃない。悪いのは私やけん」

 

「〇〇・・・俺は」

「ごめんなさい。ごめんなさい」

 

もう彼女に僕の声は届かなかった。

いや・・・届くはずがなかった。

 

別れの記憶

あれから何度かの恋はあった。

そして、その数だけ別れもあった。

 

ただ彼女だけは、あの別れ話から完全に縁が切れるまでの数日間、自分の身に何があったかを全く覚えていない。

 

あれだけ彼女のことが好きだったのに。

 

我ながら情けなくなってくるが、それだけ彼女を失うという現実を受け入れられず呆然としていたのだと思う。

 

ただ今でも思い出せるのは

「ユウジは優しいから絶対に幸せになれる」と言葉をかけてくれた最後の笑顔と、ずっと耳元で流れていた彼女が好きだった曲だ。

 

やさしさだけじゃ生きてゆけない

でも優しい人が好きなの

夢をかなえることは素敵で

でも何か物足りなくなってゆく

 

後悔

目を見て告白できなかったこと

一緒にいてあげられなかったこと

 

彼女と過ごしてきた日々は、自分の人生の中で最高の日々だったが、それと同時にたくさんの後悔もある。

 

たくさん好きと言えなかったこと

たくさん笑い合えなかったこと

彼女を助手席に乗せられなかったこと

お化け屋敷が怖くて自分だけ逃げたこと

彼女に僕の曲を聴かせられなかったこと

別れ際に彼女を泣かせてしまったこと

潔く別れられなかったこと

無限の彼方へ行けなかったこと

 

あげるとキリがない。

本当に後悔ばかりだ。

 

彼女がこの記事を読んでくれる日が来るのかは分からないが

未来で後悔しないために「今を大切にする」ということを教えてくれた彼女には、いくら感謝しても足りない。

 

あのころよりは大人になった。

人の気持ちも分かるようになった。

そして、その分だけ歳も取った。

 

後悔の分だけ進むことができ

後悔の分だけ成長することができ

あれから数えること14年・・・。

 

僕が、自分の決断に後悔しない人生を歩むことができているのは、彼女の存在や決断があったからに他ならない。

 

ありがとう。

本当にありがとう。

 

約束

二人で映画を見た日の帰り道。

自宅から近くの福岡空港の夜景を眺めながら、僕の手を握り後ろを歩く彼女が僕を呼び止め、掛けてくれた言葉がある。

 

「ね~ユウジ?」

「どしたん?」

 

「ずっとユウジと一緒がいい」

「うん」

 

「ユウジのいちばん近くがいいと」

「うん」

 

「生まれ変わってもまた私を見つけてね」

「うん」

 

「約束よ?」

「うん。約束する」

 

なぜ僕は彼女と出逢ったのか?

僕は今でもその答えを探している。

 

確かに僕は彼女を幸せにできなかった。

 

重ねた夢を叶えることもできないまま、本当の思いを伝えることもできないまま、別々の道を歩むことになってしまった。

 

もし、この世に生まれ変わりというものが存在したとしても、僕がまた彼女を見つけ出せるかどうかは分からない。

だけど一つだけ言えることは、今世であろうが来世であろうが、僕が彼女の幸せを願わない日はないということだ。

 

あれから14年という月日が経った。

 

目を閉じれば確かにそこにある笑顔。

決して忘れることのない彼女との日々。

それらは掛け値なしに僕の宝物だ。

 

また出逢えるかは分からない。

そして約束を守れるかも分からない。

 

だけど僕は願っている。

 

彼女が幸せでいられるように。

彼女が笑顔でいられるようにと。









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